名古屋。
この街に住みたいと思ったこともあって、住みたくなかったと思ったこともあります。
僕が18歳まで過ごした地元は、三重県の田舎。小さい頃はここが最高と思っていたました。虫取りをしたり、山や川で遊んだりするのが好きだったから、特に都会には行きたくないと思っていました。
そんな幼心は高校生にもなれば変わるわけで、僕はこの地を離れて一人で暮らしたいと考えていました。大学のレベルとか、立地とかを諸々含めて名古屋にある大学を志望してしていました。
住みたかった街に住む
結構早くから志望校を決めていたので、名古屋での暮らしには憧れを持ってました。合格したい気持ちに付随して「住みたい」という気持ちが高まっていたのを覚えています。
無事志望校に合格し、進学と共に名古屋で一人暮らしをはじめます。
はじめての名古屋での暮らしは衝撃でしたね。まず歩いてコンビニに行けるし、スターバックスというお洒落なコーヒー屋がある(今は三重県にもある)。無印良品やユニクロ、家電量販店なんかも徒歩で行けるところにあるし、栄のデパートは何でもあって綺麗だなあと思いました。
僕の家族は、旅行といっても結構自然が多いところに行っていたし、買い物もジャスコくらいしか行かなかったから、街の情報量の多さにびっくりしました。
学生生活を延長して、自分のお店をやりながら色んな人と会って、名古屋の暮らしは丸5年に。僕は就職することになりました。
当時の僕の周りには「○○をやりたい!」「○○になりたい!」=東京でしょ!みたいな気持ちが強い人たちが多くて、僕も感化されて東京行く気満々でした。
住みたかった街が、住みたくない街になった
入社式を終えて、蓋を開けると僕の配属地は名古屋。少なくとも3年は。数年前に住みたかった街は、めちゃくちゃ住みたくない街になりました。
全国転勤の会社だったんで、今考えれば地元に戻ってた可能性もあったわけで、十分良い配属だったんですけど(笑)
しばらくの間、名古屋にいることへの「負い目」みたいなのがすごかったです。生き急いでいたというか。みんな東京にいるし、置いていかれてるみたいな。
つい数ヶ月前まで、良い街だな〜って思っていたのに。住むところが自分の意思に反するとこんな感情になるんだなって。たくさん街に対する悪口も言いましたよ。センスないとか、閉鎖的だとか(笑)
暮らす中で変わる気持ち
ただそんな気持ちも、暮らしの中で徐々に変わっていきました。
学生の頃は行動範囲が狭かったんです。どこかに行くことよりも、何かをすることで満たされることが多かった。それで丸5年住んでいたのに、まるで名古屋の土地勘がなかった(笑)社会人になり、営業職だったこともあって、色んなところに行きました。
色んなところに行って、お店に入って、ご飯を食べたりしていると、段々「その街で暮らしている」という気持ちが強くなってきます。生活も学生時代より整ってきて、朝の光と共に自転車で出勤して、帰りはスーパーに寄ったりして。
学生の頃より使えるお金も増えて、外食も増えました。お昼は外で食べることが多かったんですが、喫茶店とか定食屋ってだいたい味噌カツ置いてあるんですよね。
喫茶店でもたくさんサボりました。会社の近くに大きな音でジャズを流す喫茶店があって、よく行きました。
なんて、気がつけばあっという間に3年が経って、僕は念願の東京に転勤になりました。でもその頃には、すっかり名古屋への愛着が深まってましたね。もう地元くらい、いや、それ以上の帰属意識があるかもしれません。
それは暮らしの中で徐々に高まっていたもので、「住みたくない」というネガティブな感情は、街とそこで暮らす人達によって綺麗に晴らされてしまったのでした。
名古屋で計8年。延長戦の3年間がなければ、最初の5年の潤いもまた変わっていたと思います。
いつかはまた住みたい街
東京に来て、もうすぐ4年になります。最初は不安そうだった奥さんも、結構楽しんでいるようで、東京という街はなかなかの吸引力があります。
でもいつか、名古屋という街に戻りそうな気がしている。プラスの感情でも、マイナスな感情でも住んで、そして最後は愛着が残った。そんな街でまた暮らしたいなと思う。
今のところ、僕の中での唯一の「いつかはまた住みたい街」です。
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