No.26(仮)

生活とか写真とか音楽とか?あと美味しいもの?

20代前半、自分のお店を持ったときの話。

振り返れば、「転機」なんてのは結構ある。

そして、印象的な「転機」はどれも自分の決断が呼んでいるような気がする。

中でも、話としても面白そうで、自分にとっても「転機」であり素敵な日々だったと思う1年半のお話をしたいと思います。

就職活動、自信の喪失

2010年、大学3年生の秋頃から、僕は就職活動をはじめました。

それまでは非常に堕落した学生生活を送っていました。好きなだけ寝て、奨学金でCDやレコードを買って、好きなバンドのライブに行って、バンドやって、みたいな。当時はそうやって自分の知識や体験をアップデートしていくことに喜びを感じていたのですが、どこかで「ちゃんとやれる自分」がどんどん姿を眩ませていくことに負い目を感じていました。高校時代は勉強へのモチベーションが高く、通っている高校の中ではそれなりに成績も良くて、所謂「できる子」みたいな感じだったからです。

 

いざ、就職活動となると自分の浅はかさを痛感します。自分のそれまでの学生生活で、何の成果も上げられていなかったことに落ち込みます。斜に構えがちな僕は、ノリの良さだけで生きているような飲みサーのやつら(当時はそう思っていました)が、どんどん内定をとっていくのを見て、さらに落ち込みます。ただ「ちゃんとやれる自分」がちょくちょく出てきて、アウトローに振り切れなかったりして、大変でした。この頃は人生で最もネガティブで、卑屈だったと思います(笑)

で、大体こういうタイプは就職活動で失敗します。自分のやりたいことをハッキリ言う勇気もない、ネガティブ、なんか根拠のない自信がある、みたいな(笑)

そんな中で震災が起きました。企業の採用活動もストップし、僕は就職活動生からまた堕落した大学生に戻りました。 あのときから、何となく空気が変わったような気がしました。「さみしい」「かなしい」みたいな感情が増したような気がしました。

「いつかやりたい」を今やる

僕は就職活動の悩みを、一人の友人にずっと吐露していました。

自分が何をやりたいか、みたいなことも。僕は結構な頻度でいつかお店をやりたいと言っていたそうです。道に面した倉庫みたいなところで、何もないところからのんびりと店を作りと並行しながら、料理を出したり、コーヒーを飲んだりしたい。カフェですね。好きな音楽をかけて、好きなバンドのライブもやったりしたい。みたいな話だったと思います。何だか人恋しかったんですかね、集まる場所がほしいと思っていました。

夏に就職活動が再開し、襟を正してまた面接に励みましたが、またどんどん心は沈んでいきました。「もうどこでもいいから、とにかくこの活動を終わらせたい」と全く本意でない企業を受け始めていました。「あーもう無理だ」なんて言いながら、その日もその友人に愚痴っていたときです。

「いつかやりたいと言っていたそれを、今やろう。一緒にやろう。」と言われました。この発言を聴いたとき、心がスーッと楽になったのを覚えています。今無理に就職する必要もない、やりたいと思っていたそれをやればいいんだなと。大学3年生で就職活動をし、卒業後に就職するという、知らない誰かが敷いたレールから外れてやろうと。そしてなんて面白いんだと思いました。こんなネガティブで特異な経験もない、平凡な学生がカフェをやるとは。こんな自分が店をはじめたら、色んな人がもっと楽しいことをはじめたりするんじゃないかなとワクワクしました。

半ば勢いもあったかもしれません。でもこういうとき、勢いが一番大事。僕が店長で、友人が副店長という仕切りになりました。その日はどんなカフェを作ろうかという夢物語を、3日後には不動産屋に行ってみたり、一週間後には親を説得しました。

転機です。

思うように進まない作業

僕はお店を大学の近くでやりたい、と思っていました。「こんな自分でも、やりたいことをやっている」というのを、同じ学生に知ってもらいたかったからです。

ただ、店探しは非常に難航しました。開業資金は100万円で、そもそもこんな金額は物件の保証金で吹っ飛ぶレベルです。それでも、どの不動産屋さんも親身に相談に乗ってくださいました。そんな中、特に僕たちのことを理解して下さり、いろんな助言を下さった不動産屋さんから、とても条件の良い、大学近くの物件を紹介していただくことができました。

まっさらな、飲食店の居抜き物件です。

ここに至るまで、正直無理かも・・・と何度も思いましたが、この物件を契約して完全に後に引けなくなってしまいました。

ここから開店まで、3ヶ月近くを要してしまいました。理由は計画をうまく建てられなかったこと、実行に移すのに時間を要したことです。これは社会人になった今からみると、全然できてなかったなと改めて思います。

最初のうちはペンキを塗ったり家具を作ったりするわけですが、「一日でどこまでやる」とか「いつまでに何をやる」みたいなのがテキトーなわけです。一日遊んで終わる日もありました。好き勝手使える空間が出来たら、そんなもんかもしれませんが。

途中でこのままでは本当に出来ないと感じ、開店日を決めてそれに向けてやるべきことを列挙し、ひとつずつ潰していきました。料理メニューなんて1週間前くらいに試作してたレベルで・・・

ただお尻を決めることによるパワーは絶大でした。

次のゴールはどこだ?

2010年11月、無事カフェが開店しました。

前日、店全体を見回して、メニューを確認して、できたー!!と喜ぶのではなくて「え、もしかしたらめちゃくちゃサムイことをやってるかもしれない・・・」と思ったのを今でも覚えています。杞憂ではありましたが、それだけ無我夢中でやっていたんだと思います。

開店当日はたくさんの人がお祝いも含めて来てくださり、売上も順調で、ふわふわしていました。あの日の達成感はたまりませんでした。

ただ、1ヶ月経ったあたりでまた壁がきます。「店を作る」ということにフォーカスしすぎて、それがゴールみたいになっていたことに気が付きます。店を続ける先のゴールがわからなくなりました。最終的には、イベントの予定などが入ってきて、まあまあバタバタして店長を終えることになったのですが、今振り返るともっと明確にゴールを定めて動くべきだったと反省しています。今やるのであれば、必ずメンターになってくれる誰かを探し、相談しながら進めていたと思います。

人の連鎖で、場所ができる

僕が店をやって、自分が高揚するときってこういうときだ、と改めて気付いたことがあります。人が繋がっていくのを感じたときです。そして、自分がいることで生まれた出会いがあったんだと実感したときです。

もう途中から利益はあまり考えず(うまくできなかったんだけど)、楽しいことを考えた方がいいなーと思ってました。一日コーヒー1杯で居座っても、それでもいい店にしていたつもりです。お客さんと友達になって、その友達同士が僕のお店で、ご飯を食べたりコーヒーを飲んだりして、繋がっていくのがとても楽しかった。その人の連鎖が、店という場所を作っていくのを、カウンターの向こうから眺めていました。大なり小なり、いくつもの色んな人の転機がそこにあったのであれば、嬉しいなと思います。

色んな企画も生まれた

無駄な時間がとても好き。コーヒーを飲んで、タバコを吸って、みたいな。そんな時間がずっと流れているお店だったと思います。そんな中で色んな企画が生まれたりしました。

今でも年に一回くらい、思い出したように活動するanachro(ing)もそうです。instagramの写真展joinstagramをお店でやりました。

ぐる娘というメディアも、コーヒー飲みながらうだうだしてたら思いつきました。

他にもミノルの写真展をやったり、アライヨウコのライブもありましたね。素敵な出会いがたくさんあったなあと思います。

遊びでもいいじゃない

僕が店長をやっていたのは2011年11月〜2013年3月の間。1年ちょっとです。元々そのつもりで、その後一般企業に就職しました。このバックボーンを持って、サラリーマンをやったり、色んな経験を積んだら面白いんじゃないかと思ったからです。そして、そういう人が増えるといいなと思っています。

僕のこの一年半を「ママゴト」や「遊び」と言う人もいると思います(実際いましたし)。確かに今思えば学生の遊び、だったかもしれれません。

だけど、別に遊びでもいいんじゃないかなって思います。死ぬわけじゃないし。

せっかく「やりたい」と思うんだったら、遊びでもなんだってやれば良いと思うのです。

親には心配をかけましたけど、今となってはです。この一年半が無ければ、写真をやっていなかったし、今の奥さんと結婚しなかった(ここで出会ったわけではないですが)でしょう。結婚式にもたくさん来てもらった、今にもつながる素敵な友人との出会いだって。

ちなみにこのお店は今別の人がやっていて(本業で)、今は僕はただお客さんです。

早すぎることも、遅すぎることもないよ

僕が店をやると言ったとき、「もっと経験を積んでから〜」とか言われることもありましたし、自分の中では「今さら何かやったって変わらないかな」と思うこともありました。

これらは大体アテになりません(多分)。

何かをやるのに、早すぎることも、遅すぎることもないと思っています(年齢制限とかそういう細かいのは置いといて)。

やると言ったそのときがやり時です。そのときが、転機です。